DQ5 天空の花嫁

とある一家の、とある日常


澄みわたる空が美しい、とある午後。
グランバニア城の中庭には楽しそうな笑い声が響いていた。

テーブルの上に並べられたケーキに子供たちが空色の目を輝かせ、どれを選ぼうか迷っていた。

「決めた!僕はザッハトルテにする!」
元気よく宣言しチョコレートの塊のようなケーキを手にしたのは、王子リアン。
その横でいまだ悩んでいるのが、王女ルアラだった。
「じゃ、私はイチゴのムースにする。でも、ショートケーキもおすすめって言ってたし……」
美味しそうなケーキを前に珍しく悩んでいるルアラに、二人の母ビアンカが優しく声をかけた。
「お母さんがショートケーキにするから、ルアラに一口あげる」
「本当?じゃ私のもお母さんにあげるね!」

笑いあう女同士を見て、先に食べ始めていたリアンが声をあげた。
「僕のもお母さんにあげる!」
「いいの?お母さん、ザッハトルテも気になってたから嬉しいな」
「うん!すごく美味しいよ!はいっ!」

リアンが自分のケーキを取り、母の口元に向ける。
ビアンカがケーキを頬張ると濃厚なチョコが口の中に広がっていく。
「うん、美味しい!リアンが食べさせてくれたから、美味しく感じるわ」
母の言葉ににんまりと嬉しそうな顔を見せ、リアンはまたケーキを頬張った。

今度はルアラが自分のケーキを手に、ビアンカを待っていた。
「お母さん、私のも食べて!」
また差し出されたフォークを口に運ぶ。苺の甘い香りが鼻に抜け、柔らかなムースが口の中で溶けていった。
「苺のムースも美味しいわね!」
「私が食べさせてあげたから?」
「そうね。すごく美味しく感じるわ」
気恥ずかしいのか、ルアラは少しはにかんだような笑顔だった。

じゃあ、と前置きをしてビアンカはフォークを手にした。
「今度はお母さんのショートケーキ、食べてみて」
子供たちは競い合うように、口を開けて待っていた。その姿はひな鳥が餌をねだるのと変わらない。

ケーキに目を落とした次の瞬間、テーブルに注いでいた光が遮られる。
頭上から柔らかな声が聞こえた。

「二人とも大きな口だなぁ」

顔を上げると澄み切った大空を背に、リュカが穏やかに微笑んでいた。彼は子供たちの顔を覗き込み、双子は顔を輝かせた。
リュカがゆっくりとビアンカの隣に座ると、それを待っていたかのように一気にしゃべりだした。

「お父さん、会議終わったの?終わったんならモンスターチェスやろうよ!」
「だめよ、お兄ちゃん。伝説の勇者の話を読んでくれる約束なんだから!」
「それって、勇者ロトのお話?それなら僕も聞きたい!」

リュカは困ったように頭をかいて笑っていた。
二人が甘える様子が微笑ましく、ビアンカの頬にも笑みがこぼれていた。

「リアン、ルアラ、ごめんね。お父さんまだ仕事が残っているんだ。少しだけ休憩しに来たんだよ」
「「えぇ〜〜!」」
不満たっぷりの声を上げる双子たち。しかし、休憩しにきたはずの父の前にケーキがないことに気が付くと即座に立ち上がった。
「お父さんのケーキ持ってきてあげる。お父さんが好きなの、ザッハトルテだよね?」
「そうだよ。よく知ってるね」
「私も知ってる!ダージリンティーが好きなのよね?」
「当たり!リアンもルアラも良く知ってるね」
「「だってお父さんのこと、大好きだもん!」」

その笑顔は太陽のように輝きに満ちていた。
「すぐ持ってくるから!行こう、ルー!」
「うん!お父さん、待っていてね」

笑顔のまま駆け出す二人を見ていたビアンカが、ふいにリュカの顔を見る。
綺麗な唇が少し尖っていた。
「私だってリュカの好みくらい知ってるわよ」

子供たちに自分を取られたようで、悔しかったのだろうか?思いがけない嫉妬に、リュカの口の端が上がっていた。
「例えば?」
からかうような視線を送るリュカ。
ビアンカはそんなリュカの漆黒の瞳を、見透かすように覗き込んだ。

「本当はケーキよりも蜂蜜多めのパンケーキの方が好き」
「当たり」
「ダージリンも好きだけど、最近はグリーンティが好み」
「当たり。だけど、そのくらいなら誰でも知ってるよ」

リュカはさらに試すような目を向けていた。
それならとビアンカは艶やかな視線を投げかけながら、一口すくったケーキを彼の口元に差し出した。

「本当は甘やかされるのが、大好き」
「それはビアンカしか知らないね」

甘ったるい目でビアンカを見ると、ケーキの乗ったフォークを受け取り自分で口に運んだ。
その行動に彼女は怪訝な顔をする。いつもの彼ならば満面の笑みで食べさせてもらうのに。

そんなビアンカの表情を見たリュカは、逆に目を丸くして言い募った。
「ビアンカが言ったんじゃないか!恥ずかしいから人前では食べないで、って!」
「え?えぇ?」

そう、ここは太陽の光が心地よい中庭。
いつもなら部屋のテラスでのティータイムなのだが、天気も良く気持ちがいいからと中庭に出てきたのだ。
遠巻きにではあるが、侍女や使用人、兵士などがいて、チラチラとこちらを窺っていた。
それをすっかりと忘れていたなんて!

「〜〜〜〜〜〜〜」
声にならない声をあげて、ビアンカはテーブルに突っ伏してしまう。
その耳の先まで赤い。リュカはくくっと喉の奥で笑うと、艶めく彼女の頭を撫でた。
「ねえ、僕の好きなもの、もう一つあるんだけど」
「……なによ?」
顔を伏せながらくぐもった声で返事をするビアンカに、リュカは顔を上げて。とばかりに何度も髪を撫でる。
根負けしてビアンカは顔を上げた。その顔はいまだ羞恥で赤く染まっていた。
「そう、その顔。ビアンカのそんな表情が好きなんだよね」
ニヤニヤと笑うリュカに顔を見られたくなくて、また顔を伏せた。

顔の横でケーキの置いた皿が動く音が聞こえ、チラリと視線だけ上げる。
リュカがショートケーキの上の、大粒の苺を食べていた。
「あぁっ、ダメ。食べないで!私の分なくなっちゃう!」
思わず赤面しているのも忘れ、ビアンカは顔を上げてしまった。
ニヤリと笑ったリュカは、先程ビアンカがしてくれたようにケーキを乗せたフォークを彼女の口元に寄せた。
「じゃ、はい。あーん」
少しおさまったはずの顔の熱がまた上がる。

「やっぱり可愛いよね、その顔」
「リュカのばかっ!」
また顔を伏せるが、「食べちゃっていいよね」という楽しげな声にまた顔を上げる羽目になる。
「ここで食べちゃったら恥ずかしくないよ。はい、あーんして」
「恥ずかしいわよ!自分は食べないくせに!」
「ビアンカが食べたら、次は僕に食べさせて」
「嫌だってば!」
「じゃ、食べちゃおう」
「ダメ!」

楽しそうにじゃれあう二人を、遠巻きに覗くリアンとルアラ。
手にはザッハトルテとティーセット。しかし、その紅茶も冷め始めていた。

「仲が良いのはいいけどちょっと恥ずかしいわよね。こっちが」
「うん。でも僕、何だか慣れてきちゃった」
「私は慣れないかな。お母さんが見つからない時とのギャップが激しすぎるもの……」
「それだけお母さんが大好きなんだね、お父さん」
「でも、羞恥心を持ってほしい……」
「確かに……」

同じ空色の瞳を見合わせて、同時に大きなため息を吐き出した。
仲の良い夫婦のじゃれあいは、いまだ続いていた。



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彼らの日常って、こんな感じと思ってます。バカップル夫婦。そして振り回される子供たち(笑)  

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